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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)10号 判決 1991年1月30日

兵庫県尼崎市上坂部2丁目4番1号

控訴人

和辻潤治

右訴訟代理人弁護士

岡野英雄

同県同市西難波町1丁目8番1号

被控訴人

尼崎税務署長 早川隆三

右指定代理人

下野恭裕

外4名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立て

1  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和60年12月26日控訴人の昭和58年分の所得税についてなした更正及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同じ。

二  主張

当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1  控訴人が本件土地の境界紛争に関し支出した原判決別表4の弁護士費用と同別表5の訴訟費用(鑑定料を除く。)はいずれも所得税法33条3項の「譲渡に要した費用(以下,「譲渡費用」という。)」に該当するものである。同別表5の訴訟費用のうち鑑定料のみを譲渡費用とし,そのほかはこれに該当しないとする根拠はない。

2  仮に,本件弁護士費用,訴訟費用が譲渡費用に該当しないとしても,これらは所得税法33条3項の所得費に該当する。

すなわち,控訴人は,本件土地を購入した際,その売買仲介人森本卯吉から本件土地の境界が不明確である旨の説明を受けながら,これを承知で購入したのであるが,これによれば,本件土地については,右購入のとき既に紛争が存在していたといえるし,少なくとも訴訟が生じることが予期されていた。そこで,本件土地の境界紛争を解決するために支出された弁護士費用や訴訟費用は右取得費に該当するものである。

仮に,右紛争が土地取得時に予想されていなかったとしても,その紛争解決によって本件土地の面積が控訴人に有利に確定したのであるから,右各費用は取得費にあたるというべきである。

(被控訴人の右主張に対する認否)

控訴人の右主張はいずれも否認する。

控訴人は本件弁護士費用,訴訟費用を所得税法33条3項の取得費に該当するというが,右取得費は「その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額」をいうもいのであるところ(同法38条),右「資産の取得に要した金額」とは,当該資産の取得時の客観的価額及びそれに付随して支出する当該資産取得のために実質的に欠かせないと認められる費用をいうものと解すべきであり,譲渡取得の起因となる資産につき生じた紛争を解決するために要した訴訟費用等については,取得時既に所有権の帰属に関して紛争のある資産を廉価に購入し,その紛争を解決してその所有権を完全に自己に帰属させた場合におけるその紛争解決のための訴訟費用についてはこれを資産の取得に要した金額と考える余地があるが,資産取得後,その保有期間中に紛争が生じた場合は,これが侵害された所有権を確保するためのものであったとしても,その紛争解決費用を資産の取得に要した金額とはできないものである。控訴人主張の各費用は,控訴人が本件土地を取得して4年後に生じ,その取得時に予想されていたとは到底考えられない境界紛争について支出されたものであり,これらはいずれも資産の取得に要した金額に該当しないし,また設備費,改良費にも該当しないから,所得税法38条の取得費には該当しない。

三  証拠

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するところ,その理由は,次に付加するほか,原判決の理由と同じであるから,これを引用する(ただし,原判決5枚目裏10行目に「被告」とあるのを「控訴人」と訂正する。)。当審における証拠調べの結果によっても,右判断を左右することはできない。

1  控訴人の本件弁護士費用及び訴訟費用が所得税法33条3項の譲渡費用に該当するとの主張は,その原審における主張を重ねて述べるものであるところ,これに対する判断は原判決の理由と同じである。控訴人は,訴訟費用のうち鑑定料のみを譲渡費用とし,そのほかはこれに該当しないとする根拠はないというが,成立に争いがない乙第1号証並びに弁論の全趣旨によれば,右鑑定料は,本件土地を譲渡するについて代金算定のためにされた鑑定の費用であると認められるから,資産譲渡を実現するために直接必要な支出ということができるものの,境界紛争解決のための弁護士費用や訴訟費用を右鑑定料と同列に扱うことはできない。

2  次に,控訴人は,本件弁護士費用,訴訟費用を所得税法33条3項の取得費に該当するというので,この点について検討するに,右取得費については,所得税法38条1項が「資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額とする」と定めているところである。そこで,まず,右主張の各費用が資産の取得に要した金額といえるかについてみるに,資産の取得に要した金額とは,当該資産を取得するためその対価として支出した金額のほか,その取得のために実質的に欠かせないと認められる費用を含むと解され,その取得後,所有権を保全,確保するために費用を支出したとしても,これを右資産の取得に要した金額ということはできない。これを本件についてみるに,原本の存在及び成立に争いがない甲第3号証,乙第15ないし第19号証,当審における控訴人本人尋問の結果(ただし,後記採用しない部分を除く。)によれば,控訴人が本件土地を取得したとき,本件土地と隣地との境界は必ずしも明確ではなかったが,かといって紛争があったわけではなく,将来紛争が生じると予想されていたわけでもなかったし,控訴人が右境界紛争解決費用を見込んで低廉な額でこれを購入したということもないこと,控訴人は昭和45年ころに至って本件土地が株式会社愛宕ゴルフ場に侵害されているとして明け渡しを請求し,これが訴訟に発展したことを認めることができ,これに反する当審における控訴人本人の供述部分は前掲乙第15,16号証に照らし採用しない。右事実によれば,本件弁護士費用及び訴訟費用はいずれも本件土地取得後に生じた紛争の処理のための費用であるから,これをもって資産の取得に要した金額ということはできない。

控訴人は,紛争が土地取得時に予想されていなかったとしても,その紛争解決によって本件土地の面積が控訴人に有利に確定したのであるから,右各費用は取得費にあたると主張するが,その境界紛争が有利に解決したとしても,本来の境界が確認され,もともとの所有権の内容が回復されたに過ぎず,これによって,土地の面積が増加するものではないから,その紛争解決のための費用を資産の取得に要した金額とすることはできず,また,これが設備費,改良費にあたるともいえない。

以上のとおり,本件弁護士費用及び訴訟費用はいずれも所得税法33条3項,38条の取得費にはあたらない。

3  なお,譲渡所得の起因となる資産につき生じた紛争の解決のために要した費用には,他の所得の必要経費となる場合が考えられるが,本件弁護士費用及び訴訟費用についてはこれを他の所得の必要経費となしうる事由は認められない。

二  以上によれば,原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし,控訴費用の負担につき,民事訴訟法95条,89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳澤千昭 裁判官 東孝行 裁判官 松本哲泓)

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